2023年12月30日

2023年気づいた経営者としての過ち

2023年、自分への戒めとして、
今年気づいた経営者としての過ちについて、
語らせてください。

1.採用のものさしを案件ではかる

人を採用したいけれども、人件費を払っていけるか不安。
でも、仲間を募りたい。
「そうだ、採用する前に案件の面談をして、
面談を通れば正社員として採用とすればいいのだ」と考え、
人を採用するときに、当社に採用する前に案件の面談をして、
その面談を採用された後、当社への採用を決めた。
よし、これで彼の年収の7割がたは大丈夫だ。
と胸なでおろした。

すると、彼は入社してから数日も経たないうちに休み始めた。
3か月後からの入ってもらう案件の準備をさせていたのだが、
その準備に対して、精神疾患を患ったようだ。
そんなことでは困るとそのまま続けさせたら、
1か月後には、もっと重い精神疾患で
6か月の休みが必要と記載された診断書を持ってきた。

1か月後には案件は入社する前に決まった大きな案件が控えているのだ。
このまま辞めてもらったら、この数か月の人件費を浪費しただけだ。
なんとしてもやってほしい。
だけども、こんな精神疾患が分かっていて、
顧客へ向かわせたら、それこそ責任問題だ。

あえなく顧客へ謝罪し、案件から外してもらった。
大変迷惑をかけた。
彼も退職することとなった。

目先の利益があるから・・・
といった判断基準で動いた結果がこういうことを招いたのだろう。
そういった経営判断をしていたと思うと恥ずかしくも思うが、
なんといっても利益を出さなければ社員を雇ってはいけない。
そんなこともコトが起こってみると未熟な意識に思えてくる。

2.できもしない理想を採用の時に伝える

サラリーマンの時に、営業で成果を上げていたにもかかわらず、
給料が上がらず、会社に不満を持った経験がある。
自分が雇う人たちには、そんな思いをさせたくはない。
そんなことも思っていた。

私は「成果を出す人にはそれなりの金額を払うから」と伝えていた。

そうすると、実際に成果を上げてきた社員。
成果を上げた、年収の何倍はあげているだから、最低この金額はほしい。
もっというと、これ以上成果を上げると成果報酬で何%ほしい。
と話してきた。
それは・・・就業規則にそんなことは書いていないし、難しい
なんて伝えると、
「今村さんは、成果を出す人にはそれなりの金額を払うからと
言っていたじゃないですか、それを信じてがんばりました。
だから言っているんです。」

あ・・確かに私は伝えていた。

ただ、実際にそういわれていると、
会社経営している人件費以外にも、たくさんに費用がかかる。
せっかく稼いでくれたお金をその人だけに還元していたら、
会社の発展はとてもできない。そう分かってしまった。
かといって、経営者として言ったことをやらないことは信用を失ってしまう。

私は応じることとした。

この判断が後で間違っていたことは予想はつくだろう。
おそらく私が思っている
「成果を出す人にはそれなりの金額を払うから」というからには、
しっかりとした資本力があってこそ、できること。
こんな吹けば飛ぶような零細企業の社長が言うべきことではなかったのだ。


私は、20代のころ、会社へ身を粉にして働いたものだ。
任された仕事を遂行するように一生懸命がんばった。
その経験もあって、人を雇う時に
「仕事すれば他に何やってても構わない」
「在宅でも指示したことを納期通りやればよい」
というようなことを伝えていた。

そうすると、任した仕事だけを行っている社員、
納期通りに任した仕事を行っている社員となっていた。
かたや、会社にきて時間で働いている社員がいる。
時間内にできることはないか、一つの仕事が終わったら、
何かほかに仕事はありますか。
と問いかけてくる。
予想以上に仕事ができるのだ。
すかさず、これもやってもらえますか、
と自分で抱え込んでいた仕事を任せていく。

かたや、「仕事すれば他に何やってても構わない」と伝えてしまった社員は、
自分の仕事が終わったと思えば、ずっとネットをみている。

かたや、「在宅でも指示したことを納期通りやればよい」と伝えてしまった社員に、
「今、どんな状況ですか」とchatすると、数時間後に返事が返ってくる始末。

確かに
「仕事すれば他に何やってても構わない」
「在宅でも指示したことを納期通りやればよい」
と伝えてしまっていた。
今更、発言を撤回しては経営者として言ったことをやらないことは
信用を失ってしまうのではないか。と感じてしまう。

この判断が後で間違っていたことは予想はつくだろう。

おそらく私が思っている「仕事すれば他に何やってても構わない」
「在宅でも指示したことを納期通りやればよい」というからには、
それなりの会社としての規則やルールがしっかりとして初めてできること。

こんな規則ルールも「社長が言うこと」というような零細企業の社長が
言うべきことではなかったのだ。

今年の大河ドラマのどうする家康で、
石田三成が家康に「まかやしの夢を語るな」と捨て台詞が新しい。
これは、戦乱を求める心がある限り、安寧の世をつくるなど、
まやかしだと真意をついていた。

できもしないことを、まやかしの夢を語っていたのだろう。
まずは共に頑張ってほしい、共に会社を創ってほしいと思うのであれば、
採用の時に違う期待を招くような、
まやかしを語っては経営者として誤りなのだろう。



3.伝えるべきポイントの危うさ

言いたいことを言っていたら陰口を叩かれたり、
少しの不満を伝えるとその数倍ぐらいのことで返される。
そんな20代だった。

人を雇うのであれば、風通しによい、
社長の私にはなんでも言えるような会社を創っていきたい。
そんな思いもあった。

そうして、
全社交流の場で不適切な発言があったとしても、その人の個性だと流す。
個別に社員への不満へ指摘があったとしても、伝えてることが活性化だと促す。
そんなことの一つ一つが、積み重なり大きな問題へと発展していく。

本当は、適切なタイミングで、しっかりと指摘する姿勢をもっていれば、
こんな状態にならなかったのではないか。
そんな事態につながる出来事もあり、大いに反省です。

言わなくてもわかるの美学、それぞれが考えてくれることの自主性
そんな綺麗な幻想に飲み込まれるようなことはないだろうか。

伝えるポイントを少し間違うだけで、こんなにも問題は発展するのだと
痛感した2023年でした。

”2024年に15周年を迎える”という綺麗なことをいう自分が
聞いて呆れる状況が、2023年の自分にはありました。

ここで気づいた過ちを自分の糧にして、
来年を迎えていきたい。

15年経っても零細企業は零細企業。

利益を追求するのはよいかもしれないが、利益を人のものさしにしていはいけない。
夢を語るのはよいかもしれないが、まやかしを語るのはいけない。
人を信じるのはよいかもしれいが、人を盲信するのはいけない。

自分を戒めて、来年を迎えたい。

2024年は良い年になりますように。
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2022年10月31日

期待をやりがいにする

自分の生きざまを問われた。

生きざまとは、
何のために生きているか

思えばそんな問いはしてこなかった、しようともしなかった
いざ問われると言葉に詰まる・・・

生きざまというからには、ここ最近のことだけではなく、
子供のころから振り返ることも必要だという。

子供の頃に熱を込めた原点は、やはり将棋なのだろう。
宮崎県で優勝するくらいまで頑張れたのはなぜだろうか。
そこには母の存在は大きかったのだろう。
自慢好きな母は大きな期待を寄せてくれていた。
ただ残念ながら学校の成績も悪く、運動もできない
友達もできない状況で何一つ自慢できる要素はなかった。

その中で唯一、将棋には打ち込めることができた。
そして将棋で優勝することにより少しでも期待に応えられた気がする。

その後、東京に行ってスーツをきて仕事をしたい、
品川ナンバーに乗りたいと言っていた僕に期待を寄せてくれていた。
自分が自分にも期待して、まるで投げたボールを取りに行くような感覚で
東京で就職をして、自分への期待に応えることができたのかもしれない。

就職してからは、上司からの期待、会社からの期待に応えるべくがんばった。
必ずしも期待に応えられたかといえば、そうではない。
ただ、期待をされることで、仕事にやりがいを感じた。
大きな会社だったが、事業部独立で20名くらいの会社で、
先を見通せなくて辞めていく人の中、部長から言われる言葉に影響され、
厳しくも苦しくも、今、思うと、よい経験を積むことができた。

その後、仕事をしていて、自分なりに持った疑問や挑戦してみたいことも影響して、
独立という道をたどった。
挑戦をしたいと思っていることがすんなりできるほど、起業は甘くはなかった。
すがる思いもあり、サラリーマン時代の顧客に話を聞きに行くと、
大きな期待を寄せてくれていることがわかった。
その期待に応えられるように必死に仕事をした。
そうして、会社を継続することができた。

そのうち、海外での事業を起こす手伝いをしてほしいと舞い込んでくる。
“自分にできることなら”との思いもあり、
その人の期待に応えられるように海外での仕事も真正面から向き合った。
その結果、会社をたたんで一緒にやらないかというと打診がくる
どうするべきが悩んでいた僕に対し、近くでみてきた信頼している人から
「会社を創ったら未来永劫だよ、思いを持って作った会社をたやすく終わりにしてはダメだよ」
と話をされて、海外での事業に期待されている人がいる一方で、
自分が会社を創ったことで、期待をしてくれている人もいたのだった。
会社をたたむことは行わなかった。

ただ、そのころの僕は、期待されていることに気づくことはなく、
今度は、自分が独立当初に考えていたことに向き合おうとする。
海外の著名な先生にも会いに行ったものの、ビジネスにすることができなかった。

期待されていなかったのか、期待していなかったのか。

ビジネスにできなかったことで、会社は少し傾きかけた。
そしてそのころに母の他界。考えさせられることが多かった。

ただ、仕事は続く。
「こんな研修を実施したい」「こんな講師がいたらよい」「機材を手配して」など、
顧客の要望はいろんな形で降ってくる。
ただただ、そこに私に声をかけてくれていることが嬉しかった。
少なからず、NOWVILLAGEならば、
なんとかしてくれるのではないかという期待があったのだろう。

その期待にどれだけ応えられたかはわからない。
会社を存続できるくらいは応えられたのかもしれない。
期待されることに対して、対応していく、
そのことがやりがいだったのかもしれない。

数年前まで、2,3人だった会社も
今や、7,8人の会社となってきた。

少なからず、NOWVILLAGEに期待をして入ってきている社員。
その社員に期待をして発注してくれている企業や学校。

私たちは、人材育成という形のないものを扱っている。
そこに要望してくる内容に応えられるかどうかは
信用してもらう以外に方法はない。

そのためには、
期待されることに対して真摯に向き合い、
少しでも応えられるようにがんばることが必要とされる。

もしかしたら、期待に応えられていないのかもしれない
ただ、期待に応えようとする姿勢は必要だろう。

社員が顧客から期待されていることに
応えようとしてるとうれしくなる。

少しでもこの研修が役に立っていると期待すること
少しでもこのコンサルティングが役に立っていると期待すること

顧客から期待されること、顧客へ期待すること、
会社が社員に期待をしていることも
社員が会社に期待をしていることも含めて。

そこにやりがいがあるからこそ、
集まっているメンバーだと思う。

顧客からの期待をやりがいにする
顧客(受講者)への期待をやりがいにする
社員からの期待をやりがいにする
社員への期待をやりがいにする
自分への期待をやりがいにする

そんな期待をやりがいにする会社にしていきたいものだ。

そんな生きざまならば、
多少の裏切りや失望にも超えていけるのかな。。

不惑の年を過ぎても、
生きる道を考えることは難しいものだ。
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2022年05月16日

ファンがいるということ

2022年5月14日に槇原敬之さんのコンサートが立川ステージガーデンで実施された。
あの逮捕があって以来の復帰のコンサートだ。

最初に復帰アルバムの曲から始まると、
いきなり代表曲であり、いつもコンサートの終盤で歌われることの多い
「どんなときも」が流れ始めた。
Bメロでいつものように1回、2回、手をたたいたあと、こぶしを突き上げる。
コンサートでは聞きなれていた曲なはずだけど、すでにウルっときてしまうのは、
またこの瞬間が訪れたことと前と変わりのない様子に安心したからなのかもしれない。

そうして、冒頭の3曲が終わると、槇原敬之さんの何か様子がおかしい。
しきりに目のあたりをタオルで拭いている。
汗かきだから汗をかいているのかな、と思ったが、
涙をぬぐっている様子がうかがえた。

泣くことは期待していなかったが、
そのくらいの思いでステージに返ってきたことにこちらも嬉しく思った。

そして、槇原敬之さんが涙をぬぐいながら話をした
「槇原敬之のファンということを言いづらくさせてしまったこと」
と伝えてくれた。

マスクをして、声を発してはいけない会場に、
「そんなことはないよ」「大丈夫」という声が聞こえた気がした。

僕も同じように「そんなことはないよ」という思いだった。

ただ、確かに言いづらくなったのは事実だった。

「槇原敬之のファンなんです」なんて伝えると、
「あ〜あの覚せい剤の〜」と、大抵の人が反応してくる。

槇原敬之さんが20年前に覚せい剤をしたときには、
僕も大学生で、そこまで大人と接する機会も多くはなかった。

今は、40を過ぎて、周りは大人しかいない。
そうすると、反社会的な印象をもつ覚せい剤を所持していたというのは、印象はよくない。

まして、僕は同時にASKA ファンでもあるから、なおさら、みんなの反応は強くなる。

その反応に対して、僕は、
「覚せい剤してもいいけど、見つからないでほしい」と笑いに変えるように反応返す。

僕は槇原敬之の曲に影響されてきたファンの一人なので、
正直、もはや何をしようが、構わない。
むしろ、調子に乗る時期もあれば、奈落の底に落ちる時期もあるくらい浮き沈みが激しい方が、
その心情に寄り添った琴線に触れるような素晴らしい曲を書いてくれるのではないか
と期待をしている。

そんな個人の期待は関係なく、槇原敬之のファンだとは言いづらくなっていたのは確かだ。

僕らの仕事に置き換えてみると、
ファンではないものの、僕を信用してくれて、または会社を信用してくれて、
仕事をお願いしてくれる顧客がいる。

僕も顧客の発展を願うし、顧客も僕の会社の発展に期待してくれている。
だからこそ、仕事を任せてもらえていると思う。

それは、ファンとは少し違うけれど、
「○○さんだから・・・」と信頼されていることに他ならないように思う。
その信頼に応えようと一生懸命頑張っていると、
知り合いにも紹介してくれたりする。
僕ももっと顧客に貢献できることは何か考えようとする。
その良い循環が回って、かけがえのない存在となっていって、
成功事例で紹介したり、取引先企業で紹介したり、
更にビジネスは続いていく。

そこで、僕が不祥事を起こしたら、どうなるだろう。
顧客が不祥事を起こしたら、どうなるだろう。

取引停止は免れない上に、
あの人と、あの会社と付き合っていた?
と後ろ指刺されるようなことになってしまうのだろう。

せっかく紹介してくれるほど、気に入ってくれていたものが、
逆にサービスを受けていたことを隠さなければいけない事態にもなりかねない。

「たとえ、どんな不祥事があってもビジネスを一緒にしていく」と
決めていたとしても、周りの反応に影響されていくことだろう。

それでも一定期間が過ぎた後に、
ビジネスを再開してくれたならば、僕は間違いなく
”僕の会社のファンということを言いづらくさせてしまったこと”
を謝罪することだろう。

みんな社会で生きている以上、
誰かに支えられ、誰かに気に入られて、自分が存在している。

誰にでも大切な存在(ファン)がいるということを改めて感じさせれた。

コンサート初日に、槇原敬之さんが涙をぬぐいながら話をした
「槇原敬之のファンということを言いづらくさせてしまったこと」
と伝えてくれたことから、僕らが学ぶべきことがあるのだろう。
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2021年09月07日

槇原敬之さんの2度目の復帰について

昨日、槇原敬之さんが
10月27日のアルバムで復帰することが発表された
覚せい剤で逮捕され、
執行猶予が残っているにも関わらずやや早い復帰なことは否めない。
せめて執行猶予期間中は自粛するのが筋だろう。

ただ、もし、
曲を作っても発表する場もなく過ごしていたら、
どうなるのだろうか。
時間があまり過ぎて、
また覚せい剤に手を出すのではないだろうか。
もしくは、
もっと良からぬことを考えてしまうのではないだろうか。
そんなことも頭によぎる。

槇原敬之さんの歌で、曲で、
人生の時々で影響されて生きてきたファンの一人としては、
槇原敬之さんが誰を好きであろうが、何をしようが構わない。
誰を好きでどう行動したことによって、できた曲でも、
悪いことをして良いことをして、できた曲でも、
その曲を聴いた僕らが何かを感じとり、
自分の気持ちや行動に影響を与えてくれるのなら、
その曲は素晴らしい曲だといえるのだろう。

専門用語的に言うと、歌詞を聞いてメタ認知から内省し、
概念化を行い、ポータブルスキルとして自身の行動に反映する
とでも言うのだろう。

少なからず、
これまでの槇原敬之さんの曲には、そういった影響があった。
具体的に書かれたフレーズ、抽象的にかかれたフレーズ、
それを自分なりに解釈して、
まるで自分の人生のオキテのように感じて行動に反映させる。
私は、そのことを「槇原敬之に学ぶ人生のオキテ」と題して、
Facebookページで投稿してきた。

その影響された曲の中には、実体験もあるだろうし、
想像で作られた曲もあるだろう
以前、槇原敬之さんがコンサートで、
家族と話していた実体験をもとに曲になっていることや
実体験ではなく想像で作っている曲のことを話をされていた。
実体験であれ想像であれ、
何かしらの出来事が引き金となって作られたのだろう。
その引き金となる出来事が今回のことであれば、
また僕らに教訓を与えてくれるかもしれない。

簡単に考えると、
”一度犯した過ちをもう一度繰り返してしまう”
ということも挙げられるが、
実体験をした本人でしかわからない題材が待ち受けているのだろう。
僕らが曲を聴いて、どういった内省ができるのか楽しみだ。

21年ほど前に発表された復帰アルバム「太陽」では、
これほどにない内省されたと思われる曲で綴られていた。
おそらく槇原敬之さんの発表したアルバムの中でも
トップを争うくらいのファンからの人気ではないのだろうか
実体験から内省した歌詞と想定できるからこそ、
曲を聴く人には刺さるのだろう。

先日、同じように覚せい剤から復帰した
ASKAさんも同様なことが見受けられた
復帰アルバム「To Many People」は、
ここまで自分のことをさらけ出してもいいのかと思えるくらい
内省をしているように感じ、
曲を聴いた人には実に刺さるアルバムだった。

「ミュージシャンは、こういったことを起こしても復帰できるからいいなぁ」
とヤフーの書き込みでもよく目にする。
でも、復帰できていない人もいる。
その違いはなんだろうか
と考えると、
それは日ごろから、
作品に等身大の自分をさらけ出しているかどうかなのだろう。

Mr.childrenの桜井さんが不倫をした後に曲を出したり、
福山雅治さんが父親や祖母を題材に曲を出したりするように、
多少脚色するだろうが、
自ら体験したときに感じたことをさらけ出している。

こういった姿勢があるからこそ、
何かあったときでもファンは待っているし、
復帰できるのだろう。

もし仮に、槇原敬之さんが謝罪とするならば、
覚せい剤をしたことに対して謝罪するのではなく、
僕らが内省できるような曲を聴く
機会を奪われたことに対して謝ってほしいものだ。

そして、取り繕ったような綺麗な曲だけしか書けなくなったとき、
そんな時は心からファンに謝罪してほしい。

きっとそんなことはないと信じています。
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2021年01月07日

緊急事態宣言のシナリオ予想と対応から得られる教訓

1月7日、緊急事態宣言が発動されました。
どうしても、ここまで悪い方向に向かっているような気がしています。
これから先、このままの方向で進むと、どういうことになるのか、
僕なりにシナリオを考えてみました。

1月 緊急事態宣言(飲食をターゲット)
2月 緊急事態宣言継続(全業種・県をまたぐ移動も自粛要請)
3月 緊急事態宣言継続(法改正、罰則適用)
4月 ワクチン接種が始まるが医療従事者に副作用が出て混乱
5月 オリンピックの無観客実施が決まる
6月 検査数が欧米なみになる
7月 オリンピック実施するが多大な赤字
8月 消費税等増税の話題があがる 消費税25%など。
9月 選挙:争点はコロナ対応ではなく財政と消費税にすり替わる
10月 自民党圧勝し、新内閣誕生
11月 コロナは検査を多くしたことで終息に向かう
12月 財政支出がなくなり株価が暴落 15,000円をきる

緊急事態宣言が出されましたが、おそらく多くの方が思っているように、
飲食を抑えただけで感染者数が激減することは考えづらい。
2月になっても、期待した結果が得られず、
もっと緊急事態宣言の拡大が必要だろうという話になり、自粛要請を拡大する。
それでも懐疑的に見る人が出てくる国民がいて、思ったよりも感染者数の減りが少ない。
法改正が行われた後の3月には、緊急事態宣言での罰則が開始される。
そこでようやく感染者数が減り始める。
そうしているうちに、ワクチン接種が始まる。医療関係者から優先して接種できるようになるが、
その医療関係者に副作用反応が出て、病院が一時、混乱する。
ワクチンができたことで、オリンピック実施へ光明が見えるが、
不特定多数の人を入国させるわけにいかず、無観客で実施することになる。
6月になり、ようやく感染者を抑えるためには徹底した検査が必要だと認め始め、
毎週検査をする等といった体制が整い、感染経路不明者が減っていく。
7月にオリンピック実施するが、想定していた観光客等が来ないので、多大な赤字を抱えることなる。
8月になりオリンピックの清算と共に、コロナ対策で使った税金の話が盛り上がり、
増税をしないといけないという話になる。消費税25%という話も出ると予想。
9月に選挙があるが、喉元過ぎれば熱さを忘れる国民なので、
コロナ対応のまずかったことなんて、どこ吹くかぜ?となり、
増税するかしないかの争点になる。
もちろん、野党は増税しないというが、説得性に欠け、結局、自民党が圧勝することになる。
10月に新内閣誕生し、検査数を増やして感染経路不明者を徹底してなくしたおかげで、
対策が明確になり、コロナが収束に向かう。
年末の12月には、これまでの株へ財政支出していたものがなくなり、増税の議論もあり、株価が暴落。
15000円を切ると予想

ということで、このままの方向で行くと、
3月まで緊急事態宣言が続き、増税することなり、株価が暴落するとシナリオを考えてみました。

このシナリオは、当たらないことを願います。


ただ、ここまでの対応から、僕らが教訓として学ぶべきこともあると感じています。

5つほど、得られるようなことがあります。

1.緊急事態宣言の1回目との違いから
第一波の対応がうまくいったのは、
「人出8割減」や「10万人当たり5%以下の感染者」という定量的な表現で示したからだろう。
「外出を自粛してください」や「できるだけ・・・」など定性的な表現では、人は動かない。
人を動かしたい時、または目標を達成したい時は、定量的な表現を用いることが重要なことがわかる

2.リスク回避の仕方から
今回の対応をみて、リスク回避するときには、小出しにするのが一番よくない。
GOTOトラベルをやめ、緊急事態宣言を飲食ターゲットにするなど、小出しにしながら行うのがよくない。
例えば、レストランで器に髪が入っていたとする。
あるレストランでは、髪が入っていた食べ物を回収するだけ。
あるレストランでは、その器ごと回収し、入れ替えて差し出した。
あるレストランでは、その器ごと回収し、入れ替えた上に、気分を害したとして食事代を無料にした。
髪が入ったクレームが、一番収まるのは、明らかだ。
何かあったからその対応するだけでは、リスク回避つながらない
一気にリスクを回避するためには、関係ないところまでインパクトを与えることが重要だ。
そういった意味で、3月に学校まで休校にして危機感を煽った安倍総理の判断は正しかったかもしれない。
何かリスクを回避したい時は、小出しにせずに一気に対応することが重要なことが分かる。

3.問題解決の方法から
どうしても気になる発言「 専門家も東京で6割を占める経路不明の感染の原因の多くは飲食が原因である」
矛盾を感じないだろうか。
経路不明の感染の原因の多くは飲食が原因であれば、経路不明ではないのではないだろうか。
あくまで飲食が原因というのは、予測の範囲を超えていないのではないだろうか。
例えば、会社で言えば、
売上が伸びないことをよく調査をせずに原因が営業であるとして叱咤を行う管理者のようだ。
問題を解決するためには、問題を特定するための調査が必要なのだ。
経路不明という不明なことは残さないように、しっかりと調査をするようなことが必要なはず。
他国のような個人行動を把握するのが難しいなら、頻繁に検査し特定していくしかないのは明らかだ。
問題を解決しようするときは、原因不明なコトをなくすようなやり方が重要なことが分かる。

4.専門家であることから
特徴的なことは、尾身会長の朝令暮改な発言だろう。
「感染対策をすれば旅行は問題ない」→「旅行が感染を広げた」
「緊急事態宣言が1か月で収まるのは至難の業」→「がんばれば1か月で収まる」
いろんな事情があるとはいえ、語気を強めて話していたことを改められると専門会としての信用がなくなる
僕たちは何かの専門をもって仕事をしている。
そのときに同じようなコトをしていたら信用をなくしてしまう。発言が重要なことがわかる

5.上の立場の人の行動から
菅総理が4人以上の外食をした後に、
あれだけ4人以上の外食を控えてくださいと言っていた西村大臣が発言を曖昧にしたように、
上の立場にある人の行動を諫めることのできない状況にあるということだ。
今の時代、サラリーマンだって、上司の行動を諫めることだってあるにも関わらず、
こういった状況は滑稽に映る。
上司であろうが部下であろうが、悪いことは悪いと諫めることが重要なことがわかる。

いろいろと教訓を得られることがある社会情勢。
一つでも自分の成長につながる教訓にしていきたいものです。
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2020年04月18日

コロナ対応から学ぶ虚心坦懐

それが難しいことは知っている。

コロナウィルスの感染が社会問題化している。

どう考えても、日本の対応は後手後手になっていると思われている。

医療崩壊を起こさないように、
検査数を絞り、重症患者に焦点をあて、
クラスタを発生させないための施策だ。

確かに当初の予定だった
感染爆発を遅らせることができている。

遅らせることができたが、
いつまでも感染者が出続ける環境になり、
病院でクラスタが発生し、医療関係者に影響がでている。

一方、最初に発生した中国では、
徹底的な都市封鎖を行い、感染者が増えないように制した。
麻雀宅を壊す映像をみて、「そこまでしなくても・・」と思わせた。

感染爆発が起こった韓国では、
とにかく検査を行い、現状把握に努めた。
ドライブスルーをしている様子や
アプリで感染者情報徹底公開する様子をみて
「そこまでしなくても・・」と思わせた。

野党が検査の円滑を求める法案を出しても
成立に至らなかった。

ワイドショーが再三検査数を話題にしても
耳を傾けようとしない状況。

そして、1,2か月たち、
都市の移動をしないように求め、
ドライブスルー検査を検討し、
円滑に検査をする策を求め、
独自に検査数を増やす自治体が増えている。

1,2か月経って状況が変わったから・・・で片付けられるだろうか。
現状把握できないと問題解決できないと
たくさんの人が予測していた状況ではないだろうか。


このような状況から、
僕たちが学ぶべきものは、なんだろうか。

中国がまた野蛮なコトをやっている
韓国のやることはマネしたくない
野党の提案を受け入れたくない
ワイドショーの指摘に応じたくない

といった先入観で、
受け入れなかったことが根底にあったとしたら、
どうだろう。

先入観で、狭く尖った心で、
物事に臨むことが、
どれだけ意思決定を間違った方向へ向かわせるかが
教訓としてみてとれる。

僕らの態度も、
先入観にとらわれて
間違った意思決定をすることはないだろうか。

日ごろから周りを否定しながら受け入れていると
正しいことも否定しながら受け入れてしまうことがある。
否定から始まる先入観は、判断を鈍らせてしまう。

先入観を持たず、
広く平らな心で物事に臨む態度で行動すること

虚心坦懐な行動

そんな行動ができたなら・・・

それが難しいことは知っている。
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2020年02月17日

2度目の逮捕から学ぶこと

プロフィールにも書いている通り、
僕は、槇原敬之さんの歌詞に影響されてきた。

大学生のころ、いよいよ初のコンサートに行けると
「Cicada」アルバムツアーのコンサートチケットを手に入れたのを覚えている。
楽しみにしている最中、“槇原敬之覚せい剤逮捕”と聞いて
嘘だろ!と今回と同じような気持ちになったことも覚えている。

執行猶予がとけるころ、アルバム「太陽」を聞いて、
ものすごく内省されていて、内省のすることの大切さと同時に、
人生の沈みを味わった後に書かれる歌詞は、心に響くと感じた。

もしかしたら、槇原敬之さんがまた復帰するころ、
内省に内省を重ねた心に響く歌詞で僕らの人生に影響を与えてくるかもしれない。

でもだよ、
なぜ、この30周年というこの時期に。
なぜ、21年前と同じ人と同じような容疑で。
なぜ、同じ過ちに見えるようなことになっているか。

21年前と比べて、様々な曲を残してきた状況で、
なかなか理解するのは難しい・・・

今回の2度目の逮捕から、僕らは何を教訓として得られるのだろうか。

あえて教訓というなら、「後ろめたさ」と「大事な人」だろう。

僕たちは、ずっと生きていると何かに「後ろめたさ」を感じながら
行うことは1度や2度はあるだろう。
その「後ろめたさ」に緊張感を覚え快感ともとれることもあるだろう。
またまた、その後ろめたく思っていることは、なかなか表にでることはない。
すぐに表にでるなら、“失敗”だとか“後悔”になり、反省につながるだろう。
すぐに表にでないからこそ、後ろめたいのだ。

そして、ここぞというときに「後ろめたい」ことは姿を現す。
「30周年というみんなから期待されている時ではなく、ほかの時でもいいのではないか。」
「あと半月もすれば、新しいアルバムが出る時ではなく、ほかの時でもいいのではないか。」
そう感じる。
「後ろめたい」ことは、大事な時に表に出てくる。

今、行っている「後ろめたい」ことは、大事な時に出てくるよ。
その覚悟はできていますか。
と今回の逮捕が教えてくれているみたいだ。

あえて今、得られる教訓のもう一つは、「大事な人」だろう。

21年前、一緒に逮捕された人と同じ人が絡んでいる。
どうして?と思うこともあるし、
もう縁をきると、21年前に行っていたのに・・・と思うこともある。

僕らの大事な人に当てはめてみると、
自分が「大事な人」と思っていたとしても。
周りから、君には合っていないよ、ほかにもいい人がいるよ、あの人はやめときなよ
などと言われたとして、
自分が「大事な人」と思っている人を断ち切れるだろうか。
何か言われれば言われるほど、大事な人がもっと「大事な人」に思えてくるのではないだろうか。

どうやったら、「大事な人」から離れられるのだろうか。
それまでに大事にしているコトを変えないと、増やさないといけないのだろう。
同じようなコトを同じような価値観で行っている限り、
「大事な人」から離れることはできないのだろう。

だって、そこには、安心領域があるのだから。
自分が安心するところに「大事な人」がいるからこそ、
誰から何を言われようが、自分が大切にしていることが大事なんだと思ってしまうのだろう。

「後ろめたい」と「大事な人」
誰でも陥りそうな教訓であること。

2度目の逮捕は、
起こるべきしておこったのかもしれない。

そして、また3度目もあるかもしれない。
そのころは、もう驚かないだろう。
希望をもつから失望する。

そんなことを考えながら、
生きている限りは、またコンサートで会えることを期待している。

さて、Facebookでやっていた
「槇原敬之に学ぶ人事のオキテ」
どうしようかな・・・

こんなときだから復活するか
もうやめるか・・・

ちょっとまだ、
テレビでおちゃらけた槇原敬之さんを見ると
まだまだ残念に思う気持ちがあるので、
落ち着くまではしばらくそっとしていよう。
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2019年12月30日

支える人、離れる人

2019年もあと1日で終わる。
今年は、株式会社NOWVILLAGE設立10周年や
僕自身が、40歳になったこともあり、
いろいろと自分のことを考えることが多かった。

思えば、いろんな人の支えの中、
今の自分ができていることに気付く。

たとえ、自分が「この人だ!」と思って、
仕事で繋がったり、プライベートで繋がったとしたとしても
気が付けば、疎遠になっていることが少なくない。

なぜ、そうなってしまったのだろう。
自分の猜疑心なのか、自分が真剣に向き合っていないからなのか
相手が自分のことを嫌になったからなのだろうか

いくら考えたって、
合う・合わないがある以上は仕方のないことなのだろう。

何を大切に思い、何を大事にしなくてはならないか
自分なりに思っていたとしても、
その通りにできることは、難しいこともある。

ふと、自分から離れた人のことを想い、
それでよかったのだと思えることがある。

ふと、自分を支えてくれる人のことを想い、
それがよかったのだと思えることがある。

支える人と離れる人、
誰のために何をしなくてはならないか、
明らかになるはずだ。

それでも他へ手を伸ばすこともしたりする。

支えてくれた人、期待をしてくれた人、
僕は、その人へ何を返せるだろうか。

もう10年、もう40歳。
そろそろ自分の事ではなく、人のことを考えるべき。

まだ10年、まだ40歳。
まだまだやるべきことを考えるべき。

孔子のいう不惑は、まだ僕には縁遠いかな。

posted by nowvillage at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月28日

ビール売りの女性から学ぶこと

阿部慎之助の引退と共に
1人のビール売りの女性が今年で辞めることとなった。

大きな樽を背負って
10年間勤め続けたという。

僕は6、7年前から東京ドームへ行くことが多くなったが、
いつもビールを買うのはこの女性からだった。

1日に300杯から400杯売り
年間でビール販売数トップに何度も輝くような方だ。

何事もトップになったり、
人から支持されることには、
学ぶことがたくさんある。

東京ドームでビールを買うとき、
この人から買うと決めると、
どこにいるのか目で追うようになる。

そうすると、他のビールを売る女性とは
明らかに違う動きをすることが見えてくる。

動きを見ると、常に
いつも買ってくれる常連を効率よく回っているのだ。

ビジネスに置き換えると、
このことは大切な顧客を忘れずに訪問することの重要性に気づかされる。
ついつい目の前のサービスを誰かに届けたいと思うと、
大切な顧客でさえもご無沙汰してしまうことが多くある。
いかにそれが人に寂しさを与えるか、痛感させられる。


そして
時に僕は車で東京ドームに行くこともある。
そんな時にも、ビール売りのその女性は挨拶に来ていた。
今日はビールを買うことができないにもかかわらず、
最初と最後はまた次回お願いしますと、
わざわざこちらまで来てくれる。

僕らのビジネスでも、今、他で忙しいから。。
などと自分の都合で物事を見ることはないだろうか。
相手が頼めなくて悪いなぁと思う時こそ
大切にする行動があることを教えてくれる。


また
知らない人や新しい人、飲めない人を連れて行くこともある。
そんな人にも積極的に話して、僕がビールを頼みやすい空気を作る。

ビジネスでも
キーパーソンとなる人とそうではない人がいるときはたくさんある。
いかにキーパーソン頼みやすくするのか、
それは、その周りにいる人に接する態度でわかることがあることを
教えてくれる。

ここにあげたこと以外にも、
教わったことはたくさんある。

10年間頑張って、
次は新たなことに挑戦するため学校に通うという。

きっと誰かのために何かをする気持ち持っているあなたなら、
どこに行ってもうまくいくだろう。

感謝と敬意を込めて、
今後の活躍を願ってます。

ありがとう、じゅんちゃん
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2019年06月15日

10周年

2009年6月15日に株式会社NOWVILLAGEを立ち上げ、
本日、
2019年6月15日に10周年を迎えました。

思えば、会社がなくなってもおかしくない状況は、
毎年のようになったような気がします。

そのたびそのたびに、
誰かの特別なコトによって続けてこれたと思います。

本当に関わってくれた人に感謝いたします。

会社を辞め、独立をして個人事業主として活動していた僕に
「会社じゃないと取引できないよ〜」
仕事を出そうとしての一言、その一言を動かされ
会社を創ろうと公証人役場へ駆け込んだ。

独立前から好意にしていた講師も、
一緒にやってくれることに快く承諾してくれて、
僕の会社の主軸のサービスが固まった。

会社の頃には、こだわれなかったところに
こだわりながら行っていくことで、
少しずつ会社をやっていくことに自信がついていった。

そして、僕のサービスを信じて、
導入してくれた方がいたことで10年間やってこれました。

ずっと僕を信じて注文をしてくれる方、
窮地の時に注文を出してくれた方、
時に厳しいこともありながらも信じてくれる方、

独立前から仕事をご一緒させていただいた方
独立後から仕事をご一緒させていただいた方

会社を一緒にしてくれている仲間、
将来、一緒に仕事をしようと思ってくれている方
前の会社からの後輩や先輩、
海外ビジネスに誘ってくれた方、

一人が欠けても、この10年はありませんでした。
本当にありがとうございました。

この10年間、裏切られることも多くはなかったけど、
おそらく僕を信じてくれた人の方が多かったから、
続けられたんだろう。

人を信じて、人に影響されてきた10年間。

自分のやりたいことをやれるなんて
おこがましいとも思う期間もあった。

ただ、自分がどうがんばるか信じてくれる人にみせるもの
一つの会社を示す方法だと思ってきている。

10周年を迎え、神様に褒美として何がほしいと聞かれたら
“もう10年会社を続けさせてください”と伝えるかもしれない。

会社を続けていくことがこんなに厳しくつらいものだとは思わなかったと
常に僕は誰かに伝えているようなきがする。

ただ、区切りを迎え、こうやって振り返ったときに、
感謝する人がたくさんいたことに気づくと、まだまだ続けていきたいと思いました。

これからも
人を大切に人のための仕事をしていきたいと思います。

10周年を祝っていただき、ありがとうございます。

これからも宜しくお願いいたします。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
5周年記念会を行わず、6周年記念会を行ったように
10周年記念会は行いませんでした!
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
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2018年11月06日

ASKAから学ぶべきこと

11月5日 ASKAが東京国際フォーラムで、5年ぶりの復活コンサートを行った。
ファンからすると待ちに待ったコンサート。
というより、1度は、もう2度とみれないとあきらめたコンサート。

お待ちしていました!
もちろん、私も東京国際フォーラムに行きました。
そこで見たASKAは、5年前のRocketツアーの頃と遜色ないパフォーマンス。

正直、覚せい剤だの、意味不明な言動だの、いろんなことを言われていると、
昔のパフォーマンスなんてムリだろうなぁと思っていました。
それでも、どんなASKAだろうと、僕は受け止め、追いかけていくと決めていた。

ところが、昔と変わらないパフォーマンスを見せてくれたASKAに感動しました。
更に、いろんなことがあったんだろうなと思うと、もっと感動しました。

ASKAの言葉には度々、影響されてきました。
今回もMCでの言葉は貴重なものでした。
「3年先がイメージできれば、今の忙しさが不安なく頑張れる。」
逆を返せば、3年先がイメージできないような忙しさは、不安ばかり募り頑張れないということだろう。
(おそらくその結果があのような出来事になったのではないかとも推測できる)

果たして、自分は3年先がイメージできているのだろうか
とふと思う。
不安に感じるのは、その努力をしていないのではないだろうかとも。

今回のMCでは、CHAGEのことにも触れていた。
「どうせ時がくれば一緒に!となることを急ぐことはない」
自分がやることをやっていれば、自然と方向は合っていくということに受け取れる。
何も、うまくいくことや成功や形ばかりの成果を追い求めて、
何かを急ぐことをする必要はないことを教えてくれる。

そして、今回のコンサートではないが、
ASKAが有罪になった後、昨年から出したアルバムが、
これまでのアルバムに比べ最高に良い。(もちろん、これまでももちろん良かった)

それは、僕らに、何かやらかした時、失敗した時、落ち込んだ時ほど、
それまで普通にやっていた仕事に没頭することにより、
その仕事は、それまで以上のパフォーマンスが発揮できることを教えてくれる。

へこんだ時は、何か逃げるのではなく、へこみを改善することをするのではなく、
それまでやっていた自分の仕事に更に集中することが大切なのだろう。

ASKAから学ぶべきことは多い。
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2018年08月25日

39歳

8月25日は私の誕生日。
若い若いと思っていましたが、気が付けば、39歳。

30代後半は早かったなぁと思いつつ、
29歳で会社創業してから10年目を迎えた。

10年一区切りで考えると、
30代前半は会社創業して、いろんなことに挑戦をしたような気がする。
うまくいっていることを探す方が難しいくらい、失敗の連続だった。
30代後半は、ヒト・モノ・カネ的にも失敗した償いをしているような時を過ごしている。
この10年間は、懸けて行うような仕事をするのだったら、
途中で投げ出すのではく、最後まで懸けてやり通すことの重要さを教えてもらった気がします。

“これに懸けるんだ!”と思ったコトでも、
時に、自分のプライドが邪魔したり、これまでやってきた他のことが気になったり、
他人が気になったり、世間が気になったり、
懸けるんだ!と思った自分はどこに行ったんだと思うくらい、
自分の中に迷いや戸惑いが生じて、コトに対して、中途半端になってしまう。

もちろん、中途半端にやることに成功などある訳がない。

そうして自分でも認める失敗は出来上がるのだろう。

失敗したって立ち上げればいい
って歌の歌詞や誰かの言葉にあるが、
失敗から立ち上がるには、挑戦した時よりも倍くらいの時間を要する。
おそらく挑戦を試みていない人は、そのことを知っていたんだろう。

なんだか、それって当たり前じゃないって言われるようなことを行ったのが、
30代だったかもしれない。

これから40代へ向けて、このことが糧となるようにしていかなくてはならない。

20代で仕事を必死に頑張った糧が、
30代で独立という次のステージへ運んでくれたのだから。

20代・30代の糧は、
次のステージへ運んでくれるのだろうか。
もう運んでくれているのか

「40にして迷わず」までは、しっかり迷い悩みます。
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2018年08月11日

新盆

新盆で実家の宮崎に帰ってきている。

今年、会社設立10年目に突入した。
だけど、僕は何をやっていたんだろう・・・と
実家に帰って母の仏壇を目にすると思ってしまう。

会社を創ってから、親を省みず、仕事に打ち込んできた。
うまくいくことは数少なく、大抵はうまくいかないことが多い。
そんなことは百も承知の上で、とにかくトライ&エラーだ。
うまくいかないことから学ぶことが多いなんて、
きれいな言葉を自分に浴びせながらやってきた。

思っていたより社員も増えず、
売上は右肩上がりから途中から横ばい、
固定費は増え、融資の返済に追われ、
気が付けば、思い描いた10年目とは程遠い。

そんななか、今年の1月に母が他界。

会社が順調だったころは、年に数回、顔を見せに実家へ帰ったり、
電話をよくしたりしていたが、
数年前から売上横ばいになり始めてからは、年に1回帰るのがやっと。
電話も仕事中だと言って出ないことが多くなっていった。

1月7日の早朝、目の前で母が他界した。
他界する直前にもっとああしていればと後悔した後、
この1年間にもっとああしていればと後悔、
この数年間にもっとできることがあったのではないかと後悔、
そして、僕は会社を創って何をやっていたんだろう、と。

誰のために何がしたくて、親を顧みずにがんばっていたのか、と。

今回も気が付けば、新盆。
49日が過ぎて早5か月。
僕には、つい昨日、亡くなったような気分になるくらい
東京にいる時は、母のことを忘れて仕事に追われている。

仏壇の前で母に問いかけると、
「なにいっちょっとね! 誰が帰ってきてほしいって言った?
 東京でがんばっちょちゃろ! 東京に行きたいっていっちょったがね!
 私が腹痛めて産んだ子よ、東京でがんばんない!」
いつもこの言葉が返ってくる。

子供のころから恥ずかしいくらい人前で僕のことを自慢していた母は
まだ向こうの世界でも僕の自慢をしているのだろうか。

母が自慢できるようなことを僕は東京で出来ているのだろうか。

新盆、僕にとっては、まだ亡くなって5日目くらいの気分だ。

まだまだ僕には何かが足りない。
そう感じる新盆を迎えています。
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2017年12月19日

選択と決断

2017年12月14日、そっと閉店を迎えた
新宿御苑前にある「BROTHER飲食堂」
(詳しくは・・・http://shinjuku-sanchome.com/brotherinsyokudou.html/

2014年5月に新宿御苑前にセミナールームを作った。
その一か月後にセミナールームの近くにできたのが「BROTHER飲食堂」だ。
社交的な兄弟二人が経営しており、
今村だからNOWVILLAGEと同じように
兄弟だから「BROTHER飲食堂」というところにも惹かれる要因の一つだった。

飲みに行くのはもちろんのこと、
セミナー受講後の懇親会などにも活用させてもらった。

特には、2015年6月に行った6周年記念会だった。
(このブログをあまり更新していないので3記事前ですが)

私もセミナールームが思ったより稼働していなかったこともあり、
2016年には飯田橋へ引っ越すことを決断した。
その関係で縁遠くなってしまったが、ずっと気にしていました。

「BROTHER飲食堂」のチキンとアヒージョは絶品だった。

とある日に「店を閉めて保険会社に転職することを決めた」
と店長から連絡があった。

信じられなかったが、あらゆる選択肢の中から決断した結果なのだろう。

会社を30年くらい経営している私の父からは、会社を創るときに
「経営は資金繰りだからな」とアドバイスを受けた。

一緒にベトナム進出を盛り上げ、
尊敬する経営者の一人である株式会社アイテックの土元社長からは
「経営は選択と決断だからな」とアドバイスを受けた。

この2つのアドバイスは、よく身に染みる。

資金繰りが厳しくなることなんて日常茶飯事
どういう仕事に注力するか、誰と仕事をするか
常に選択の中から1つを決断していかなくてはならない。

お金がなくなってまで続けたい事業とは何だろうか
事業を続ける先にあるものを見えているのだろうか。

ある自己啓発セミナーの講師は、
「目標を持て」という

ある自己啓発セミナーの講師は、
「目標を立てずに今に集中しろ」という

目標を持つと、それに届かない葛藤が自分を苦しめる。
目標を持たずにいくと、集中して結果が出た先に現れる選択が
果たして自分の目標だったのだろうかと葛藤が自分を苦しめる。

“目の前のことをがんばった先の選択”
“目標をあきらめなかったときの選択”

全ては自分の目の前に現れた選択に、
どのような決断ができるかだろう。

全ての行動は自分の選択であり、
それをすべて受け入れなければならない
ということは分かってはいるものの、
果たして目の前に現れた選択に
自分の価値観で決断した結果は、
良かったのだろうか、と常に思う。

冒頭にも記載した「BROTHER飲食堂」の閉店記事を書いた
新宿三丁目新聞(http://shinjuku-sanchome.com/brotherinsyokudou.html/)に
記載がある文を引用すると、
兄「仕事を変える。という決断も、今が良いタイミングではないか?と弟に相談しました。」
弟「最初に兄貴から相談された時から、仕事を変える事に対して、前向きに捉えられたんですよ。このタイミングで、他にやりたい仕事があれば、もう一度チャレンジする。という人生設計をし直すチャンスかもしれない。と。」

出てきた選択に対して前向きに捉えられた決断が、
おそらく決断としては正しいのだろう。

もしかしたら、
続けていてお客さんから好意にしてもらい意義を感じるかもしれないが、
殺伐として将来に不安を持つようなことを繰り返すようなことがあるかもしれない。
その中で出てきた選択の一つが今回の閉店への決断だったのだろう。

あいまいにするような選択、後回しにするような選択、
決断しない決断をするようなこと
そういことの連続では、前向きに捉える決断はきっとできないのだろう。

目標に向けた選択を見ているようで、
見ずに今を頑張ることは、
前向きに捉える決断を見つけるためなのかもしれない。

いろいろと考えさせられる「BROTHER飲食堂」の閉店だった。
3年6か月、星野兄弟ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
posted by nowvillage at 17:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月02日

友人の他界

昨晩、友人の通夜に参列をした。

思えば、友人と会うのは、6,7年前の結婚式に参加して以来だった。
結婚式の後に合うのが葬式だなんて。

亡くなった顔をみても、
今にも「うっそよ〜ん」って
起き上がりそうな気がした。

学生生活が終わったら、冠婚葬祭でしか会わないなんてよく聞いた話だったが
まさか現実にそういうことが起こるとは思いもしなかった。

大学時代、僕のレポートを代わりに書いてくれたり、
よく遊びに行ったり、PCのことをたくさん教わったり、
あんなにお世話になった友人でさえ、年賀状だけのやり取りになっていた。

お通夜に参列し、お経を聞きながら、
大学時代を思い返すとともに、なぜ会わなかったのだろう
数年に一度は会うタイミングをつくるべきだっただろう
と自分を責めたり。

今だから会える人、今だからできることがあるはず。
そのことに気づくことは、「できない」が分かる悲しみに変わるとき
ということを思い知らされた。

将来、大学時代のことを笑って話せればいいなぁ
将来、社会でこんな苦労があったのだと笑って話せればいいなぁ
などと考えていては将来には表れないかもしれない

このブログも気づいたら1年近く更新をしていなかった。

「今、できること」「今、会える人」
行動を起こさないと待っているのは後悔だけだ

そんなことを友人の他界から感じた。

心からご冥福をお祈りします。

アジ、本当にありがとう
posted by nowvillage at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年08月30日

秘書代行 Nex-E

NOWVILLAGEでは、パートナー会社の紹介により
秘書代行会社を採用しております。

島根県津和野町にあるNex-E社です。

8月上旬にどんな方が電話を受けているか訪問に行ってきました。
想像していたより若いメンバーが真摯に対応してくれていました。
秘書代行も顔が見えると安心できる感覚を持てるものでした。

直接、僕の会社の事業も説明でき、人となりをわかってもらえ、
今後、電話をうける、何かをお願いする際も感じが違ってくるように感じました。

ただ、お願いし、ちょっとでも問題があれば、指摘する
それも大事です。
ただ、今回の訪問では一緒に育っていける感覚が持てることが、
これから成長するにとっては必要だと感じました。

これからもよろしくお願いします。

株式会社Nex-E 

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2015年06月16日

6周年記念〜影響を与えた20名の有識者〜

2015年6月15日
会社設立して6周年を迎えました。
影響を与えてくれた方々がいたから、ここまでやって来れました。
たくさんの方を招待したかったのですが、代表的な20名を招待して、
ささやかなパーティーを開きました。
大変有能な方々に支えられて、今があることが身に染みて、
感無量でした。

これからもよろしくお願いします。

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2015年06月15日

会社設立6周年

1年ちょっと更新せずにごめんなさい。

いろいろありました。
この1年はやることがすべて失敗の連続でした。
後ろ向きになっている気持を戻すのが大変です。

今日で株式会社NOWVILLAGE設立
6周年を迎えました。

本当に皆様のおかげです。

新たな企画をスタートさせたいと思っています。

では近日中にまた。
posted by nowvillage at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月08日

槇原敬之に学ぶ人事のオキテ

8か月ぶりの更新・・・

今年も半年が過ぎましたが、
新たな試みをやってみたいと思います。

僕のプロフィールでご存じのとおり、
僕は槇原敬之ファンで影響されてきました。

槇原敬之の曲をから得られる教訓(オキテ)みたいなものを書いていきたいと思います。

Facebookページで展開していこうと思うので、
アカウントをお持ちの方は、Facebookページにいいねをおしてもらえるとうれしいです。

第一弾は、明日、6月9日にUpする予定です。
最初は、40枚目のシングル「ムゲンノカナタヘ」の中から書きます。

少ない文章で考えられる内容を発信したいと思います。

ご期待ください。


【新facebookページ開設しました!!】

https://www.facebook.com/makiharanoriyukiokite

僕らは、さまざまな歌に影響され、生きています。時に、歌の示している状況が、まさに自分の出来事のように感じることがたくさんあります。
そんな歌の中でも、大好きな槇原敬之さんの歌詞から、今を生きる僕らへオキテのように伝えているメッセージを取り上げます。
共感してくれる人が一人でもいることを願っています。

≪予告:第一弾 6月9日UP予定☆≫

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2013年10月28日

good bye and hello

“あの風の向こうで 手を振るのは誰 強くちぎれるほど
 good bye and hello どっちに見えるかは自分次第さ”

これは、ASKA「いろんな人が歌ってきたように」のサビの歌詞。

僕は、あるパートナー会社から、東南アジアでの事業展開について、
任されることになり活動を始めた。

それは、ちょうど1年くらい前の出来事だった。
2012年11月ごろのJALの飛行機では、
発売されたばかりのASKAアルバム「SCRAMBLE」が飛行機オーディオの中にあった。

普段から聴いているアルバムであったが、
飛行機の中で聴くと一味違って聞こえてくるものだ。

その中の「いろんな人が歌ってきたように」を何度も繰り返し、聴いた。

これから始まる東南アジアでの事業が、
まるで僕を待っているかのように聞こえ、
“あの風邪の向こうで手を振るのは誰 強くちぎれるほど”が、
まるでこれから行く東南アジアが手を振っているように聴こえてきた。

東南アジアへ向かうと自分にやれることが多くあり、
Helloと言っているような気さえしていた。

そして、あれから1年弱がすぎた。

東南アジアへ行くことにも慣れてきたが、
自分の日本での事業のことで、どうしても妥協できない点が出てきている。

そんな最中、東南アジアから日本へ帰ってきて、
同じように「いろんな人が歌ってきたように」を聴く。

どう考えても、
Goodbyeと東南アジアが手を振っているように聴こえてきた。

自分としては、
こうなる前にいろんな予見をして、活動していれば、
問題なくことが進むことだったのかもしれない。

リクルートやいろんな決断、
経営者として未熟だったといえば、その通りだろう。

この経緯を通じて、
勉強になったなんて考えるのは、
関係者にあまりに失礼だ。


こんな予見に対しても
“分かってても 時に分からない
 走り書きのような 道を選ぶばかり”
だったと今は思う。

“あの空に 掛けた鍵を外したい”
と歌うASKAに対して、
自分の心に掛けた鍵を外したいものだ。

こんな思いをした経験もASKAが代弁してくれているように聞こえてくる。


“すべては 自分だってことを
 この目に映る すべてのことは”

“そろそろね 気づいてもいいだろう”
posted by nowvillage at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | mental state of song