東北大震災が起きてから早いもので、
10日以上が過ぎました。
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りすると共に、
災害に遭われた方へお見舞いを申し上げます。
ただただテレビを見ながら、同情するだけで、
手助けとなる物資をもっていけない自分へ苛立ちを感じる気分です。
こんな時に援助できないなんて、僕のビジネスは“これでいいのか”とも感じてしまう。
今回の震災後の対応に関して、
話を聞くところではいくつか疑問と教訓が浮かび上がる。
思うところは3つ。
まず最初は原発に対する対応。
東京電力の資産に対する固執で対応が遅くなったことは、
いろんな記事などで明白。
避難する人も資産を気にした人が逃げ遅れたりしている報道を聞くと、
緊急時に如何に自分の投資してきたものを捨てれるか・・・
対応を早くする一つの教訓に思える。
それより政府の軽率な避難指示にあると感じる。
理由も言わず30km避難命令。
危険地域だけ伝え、どこで安全か分からない。。
“もしかしたら30kmではなく100km先でも危ないのではないか”と感じてしまう。
そのことから、要らない風評が広がっていく。
これは仕事をする上で、意図を伝えず作業領域を定めない指示に似ている。
「とにかくこれをやって」と言われて何のためにやるか分からず上司へ不満をもったり、
「アレやるな」「コレするな」と言われ、
“じゃあきっとコレもダメだろう”と思い込んで自主的な仕事をしなくなる。
どちらも要らない抵抗ができ、悪循環を生むのは明らか。
2つめは計画停電。
関東が対象といっておきながら、僕が住んでいる世田谷区は対象外だ。
国の中心であり、東京電力本社のある千代田区も対象外。
企業がたくさんある港区も。
そして比較的都心ではないところが対象となる。
平等でなく弱者に向けた計画でいいのだろうか。
このような計画なら、いつか不平等さに不満がでる。
まるで「アイツは社長の縁故だから」などと言い
同じ評価基準のもとでヒイキした評価をしているかのようだ。
最後に、“僕らは募金するしかない”などと言って、
募金を募っているところへ募金するが、
どうしても間接的に思えて仕方ない。
つまり、
募金する人・会社→募金を集める団体→募金を使う業者または行政→支援
となっているように思える。
もっと直接的にできないものだろうか。
直接的といっても避難している人に「ハイ、お金」と言って渡すわけではない。
例えば、“避難している人のためにホテルを提供しようとしている業者に
運営資金を補うために募金を募って、直接募金をする”など。
募金する人・会社→募金を使う業者→支援
と出来る構造にできないだろうか。
すべてが赤十字を通じてで良いのと思う気持ちがある反面、
それでいいのか疑問が残るところ。
このことから見ても、日本の中間ビジネスが成り立つ構造になっていることがよくわかる。
募金マッチングサイトでも作れればなぁと。
・目的目標や作業を明確に。
・依怙贔屓なく平等に。
・投資効果は意識的に。
ただただテレビをみることしか出来ない僕が思うこと。
2011年03月22日
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